淡行線に乗ってみた 1/2    
   
 
       淡行線に乗ってみた
                                              山根 
 
 淡行線は、虹吹駅・勝坂駅間を結ぶ線です。
 でも、虹吹駅のすぐ近くには、JR番田駅がある。勝坂駅の近くには、JR下溝駅がある。でも、虹吹駅と番田駅、勝坂駅と下溝駅、それぞれの間に直接連絡がない。橋のない川、雑木林や桑畑、あるいは養鶏場や豚舎に隔てられ、まともな道がない。しかも淡行線とJR線、直近をほぼ平行して走っている。
 なんでこんな線がここに、と誰もがその存在に首を傾げる。淡行線はそんな線です。
 僕も、いつか乗ろう乗ろうと思いながら乗らずにいたのを、やっとはじめて、淡行線に乗ってみた。
 JR番田駅で下車。虹吹駅まで、あるかなきかの道を歩く。番田駅の近くにある、かつての豪農の敷地の、生け垣の中にそびえる欅の木が、おりからの強風にゆらりゆらり。追い打ちのように、横なぐりの雨。時雨だ。落ちそびれた無数の枯れ葉が木を離れ、時雨まじりの空を舞う。
 桑畑や鶏舎の間の曲がりくねった農道を、外套のフードをかぶって斜めに進む。ときどき、洞保川沿いの豚舎の方から、豚の鋭い鳴き声がする。
 虹吹駅に、到着。雨も、じき上がる。小鳥の巣箱みたいに小さな駅舎で、キップを買う。四十雀みたいにキチッしたネクタイをつけた、四十がらみのちっちゃな駅員さんから。
 階段をホームに上がる。ベンチに腰かけ、ひとときボーッとし、ふと見上げた南西の空に立ったのは、虹。
 虹をじっくり観察する間もなく、淡行線が虹吹駅に入線する。
 三両編成の、一番うしろの車両に乗り、車窓越しに虹を見ようとして、びっくり。窓の向こうに泳いでいるのは、メダカにキンギョに、フナ。あわてて隣の窓に行くと、そこには、淡水アンコウ、ヌマウミガメの仔、世界一小さくて可憐な、四尾連湖産アルビノコチョウザメ、おっと、昨年野反湖で発見された淡水シーラカンスも、澄まし顔で泳いでる。
 淡行線は、南側の窓に水槽が嵌めこまれているらしい。水槽のガラスは縁に藻がこびりつき、緑色の淡い夢の中、それらの水の中の生き物たちが蠢いてる、あの虹を背に。
 みっつめの車窓に行き、ようやく外が見えました。相模川の向こう岸の、枯れかかってところどころ紅葉が残っている丘の上に、まだあのおんなじ虹が、かろうして消え残っている。
 そのときガタッと車両が揺れ、はずみで僕は虹の窓から引き離され、かろうじて反対側の窓に身を寄せる。
 鉄道が、鳩川の鉄橋に差し掛かったらしい。
 反対側の窓ガラスに顔を擦りつけ、そこから一瞬見たものは、鳩川の岸辺の、若葉が萌える、春の雑木林。水色の空には、雲雀。声さえ聴いた気がした。またガタッと揺りもどし、その窓には、また今度は、冬枯れの景色。さっきまで虹がかかってたあたりの灰色の雲から、雪というより氷の粒が吹きつけ、車窓を鋭く傷つけさえするように見える。
 ふいに僕は、ふいに襲いかかった重い疲労に、ふいに窓辺からずり落ち、窓の下の座席にへたりこむ。が、どうしたものか、しばらくすると、すっかり落ち着いた。この数年感じたことがないくらいの、安らぎだ。
 心が安らぎ、からだが安らぎ、と同時に、耳が研ぎ澄まされ、さっきの雲雀、高みのその雲雀を取り巻く空気ごと、まるまる僕をも取り巻くように、その声がする。それはそれは長い雲雀の声を聴く。そののち、それはそれは長いホトトギスの声を聴き、それはそれは長いカッコウの声を聴き、さらに熱帯性らしい、それはそれは悲しい鳥の声を聴く。そんな、あたりの悲しげな空気を切り裂いたのは、超音速のツバメの飛行。
 と、座席に座った体が汗ばみ、病気から癒えたときみたい、フワッと自然に僕は立ち上がっていた。
 背をピンと伸ばし、一両目の車両から二両目に移ろうとする蛇腹の部分に、思わぬ障害物が。それは、それはそれは大きな扇風機。しかも、それはそれは不思議な扇風機。
 目を凝らし、首をひねり、あとから思い出してもやっぱりお手上げな、扇風機。
 大きな台座が一つ、車両と車両の間の通路を塞いでいる。その上に、支柱が二本。その上の、忙しく首を振っているモーターとプロペラ部分は、三つ。いくら目をこすっても、そうだ。
 かなりの年代もので、モーター部分のうしろ側やプロペラに、油染みた黒いほこりがこびりついている。プロペラ自体も回り方がフラフラで、なんだか危なっかしい。
 でも起こす風は、涼しい。汗ばんだ体に、心地よい。三倍涼しい扇風機の前に、どっこらしょ、と腰を下ろし、三倍やすらかなひとときを過ごす。
 ひんやりしたところで、どっこらしょ、と声に出して立ち上がり、二両目の車両に移る。
 
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